1575年、長篠・設楽原の戦いで織田・徳川連合軍は武田の騎馬隊を防ぐため、2キロに及ぶ柵を設けました。これは巨大なお城を築くのと同じ意味があったとされています。
最強の騎馬隊はこの馬防柵と鉄砲隊により敗れたのでした。
カメラマンたち、真夏の陽射しの中頑張っていましたよ。古戦場のカメラマン